小説『利休にたずねよ』(山本兼一/PHP文庫)
小説『利休にたずねよ』(山本兼一/PHP文庫)。
映画『利休にたずねよ』を観た帰りに購入した一冊(笑)。
別ブログ(IKEDA HIROYAのとりあえずブログ):2013.12.13 映画『利休にたずねよ』★5
ずいぶん前に購入したのだが、結構分厚く、読むのがしんどそうだったので、しばらくほうっておいた(笑)。
ワタシは少しずつ読書していくタイプではなく、一気に読むタイプ。本書も一気に読み終えたかったが、540ページほどの分厚さなので、夜中に全部読み切ることができず、翌日再度読み続けてようやく読了。
すでに映画を観ていたので、利休は市川海老蔵、利休の妻 宗恩は中谷美紀、秀吉は大森南朋をついイメージしながら読み進めてしまう。宗恩の中谷美紀、秀吉の大森南朋が原作にパーフェクトにマッチしていたかどうかはなんとも言えないが、利休役の市川海老蔵は彼以外にマッチする役者はいなかっただろうと改めて感じた。女にうつつをぬかしていた青年時代から茶の湯の美意識を極めつつある壮年期を含め、海老蔵は実に見事に演じていた。
さて、小説は利休切腹の日からスタートし、だんだん過去に遡っていくスタイルをとっている。映画も小説に倣っている。読者としてはややわかりづらいのだが、最終的に青年時代の秘密にたどり着くという構成なので、やはりこの手法で正解なのだろう。
映画と小説で大きく違っているのが3点。
1つめ。小説では多くの茶道具屋が信長に名品を見せて信長がそれぞれを自分の値踏みで銀を支払うシーン。小説では利休の出した軸が実は贋作の評価を受け、醜態をさらすことになるが、映画では逆に水を貼ったお盆(かなにか)に月を写して信長からたくさんの銀をもらい、センスの良さを披露するという、全く逆の展開。映画ではこの一件で信長に重用されることになるので、(史実はともかく)ストーリー的には映画の方が自然。
2つ目。映画では信長が存命の時にヘマをした秀吉を利休がなぐさめ、信長に上手く取りなすシーンがあるが、小説にはない。そのシーンは秀吉がまだ敬意を持っていて、その後だんだん傲慢になっていく様が映画では描かれている。
3つ目はラストシーン。ストーリーは利休の過去をどんどん辿るスタイルだが、最後は利休切腹後の妻 宗恩振る舞いのシーン。小説では利休が最後まで懐に隠し持っていた高麗女性の形見の緑釉の香炉を、宗恩は石灯籠にぶつけて割ってしまうのだが、映画では投げるのを思いとどまっている。
ラストシーンなだけに、これはずいぶん違う結果となってしまっているが、これはどちらが良かったのだろう?
香炉を割る小説のラストは宗恩が高麗女性を想い続けた利休を許せなかったということであり、割ることを思いとどまる映画のラストは宗恩が利休を許したということで、後者のほうが良かったように思う。このあたりは好みが分かれるかもしれない。
映画と原作を比較すると、映画は2時間あまりの時間で完結しなければならないという制限があることもあり、原作より落ちるのが大方のパターンではないかと思うのだが、本作に関しては、甲乙付け難いというのがワタシの感想。映画では茶道具なども相当高価なものを使ったと聞くし、映像も綺麗だった。小説は映像がない分、茶道具のディテールを細かく表現しており、特に茶道に心得のある方が読むとシビレるのではないだろうか? 心得のないワタシが読むと、わかりづらいこと満載だけれど(爆)。
それはともかく、映画も小説も★5つ!
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